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2018年12月10日

黒キャベツを買って高校生に驚嘆されました。「キャベツ」の俳句。

2018.12.10.

黒キャベツを買って高校生に驚嘆されました。
「キャベツ」の俳句。



先日は、趣味の会の友人たちと地元の農業高校のお祭りに行ってきました。



ここのお祭りは年に数回あるのですが、
生徒が栽培した農作物や加工食品が格安で出品されるので、
遠くからも人々が集まる人気の行事です。



久しぶりに行ったわたくしは、
あちこちと目を皿のようにして見て廻りました。



そして見つけたのがこれ。



DSC_0465_mo.moza.JPG



「黒キャベツ」です。



滅多に出会えない野菜だし、
それも、たったの100円だったし、
しかも、たった一束しか残ってなかったので、飛びついてしまいました。




「これ下さい!」



すると、売り手の高校生が目を見開いて言います。



「えっ、これですか?」



「はい。これ下さい」



「わあ、ありがとうございますっ!!」



その高校生は後ろを振り向いて大きな声で言いました。



「売れたよっ!!」



すると、そこに高校生が男女数人いたのですが、一斉に集まってきて、ジャンプしながらハイタッチしあいます。



「ヤッタア〜、ヤッタア〜!!」



わたくしが驚いていると、
その中の一人の男子生徒が言います。



「おばさん、これの名前知っていますか?」



「はい」



「えええ〜〜っ、このおばさん、名前知ってるんだって!?」



「これ、黒キャベツですよね?」



「はい、そうですっ。すご〜〜〜〜いっ!!」



わたくしは思わず、笑ってしまいました。



高校生たちも、嬉しそうに笑い合って、
口々に言ってくれました。



「おばさん、また買いに来てください」



「はいはい、ありがとう」








会場を出ると、他の会場を廻ってきたそこに友人が走り寄ってきました。



「ねえ、なにかいいものあった?」



「これよ」



わたくしが黒キャベツを見せると、
友人が言います。



「ああ、それね。

なにか見たことないのがあるなと思ったけど、
まさか、小町さんが買ったとは!?」



わたくしは珍しいものがあれば、
べら棒に高くなければ、すぐに買ってみます。



よく分からなければ、店員さんに聞くと、
いつも丁寧に教えてくれます。



今では、インターネットで調べれば、なんでも分かりますから、
本当に便利です。







家に帰ってから、振り返って考えるに、
黒キャベツは試験的に栽培したもので、
恐らく、この一束だけを出品してみたのでしょう。



誰も買うひとはいるまいと思っていたのに、
まさか、買うひとがいたとは!?



それも、お婆さんで、野菜の名前まで知っていたなんて!?



そういうことで、高校生たちがあれほど驚き、喜んだのでしょう。



今頃、他の生徒たちや先生にも話していることでしょう。



うふふ、わたくし、有名人になってたりして?



これからは機会があれば、度々行ってみようと思いました。


dgfhftu5487_mo.JPG




では、「キャベツ」の俳句をどうぞ。



8月2日。キャベツの日。(俳句&ニュース)
https://youtu.be/ayyT4YCmFSg





両親にかはいがられてキヤベツとる

山口青邨



ひたすらに日と露を巻く玉菜かな

阿部みどり女



甘藍の畑に犬の顔高し

岸本尚毅



光り来し冬のキャベツに煽らるる

殿村莵絲子



甘藍をだく夕焼の背を愛す

飯田龍太



高原の日近く巻きし大キャベツ

長谷川かな女



すこやかな固さに五月玉菜なり

上田五千石



芽キャベツのひとつぶづつに雨雫

飴山實



甘藍もつややかに夏立ちにけり

相生垣瓜人



もぎたてのキヤベツ丸丸児の如し

松氷靖子





「キャベツ」と言えば、現代では野菜の代表格ですが、
日本に伝わったのは幕末の1850年代で、明治にかけて外国人居留地用として栽培されただけで、
日本人の口に入ることはなかったそうです。



大正時代には品種改良も進んで、北海道、東北地方、長野県で栽培されるようになりましたが、
洋食があまり普及していなかったことから、
大東亜戦争の終戦後、西洋化が進むまでは、
一般の国民は食べることが少なかったですね。









わたくしが子供の頃、キャベツは「甘藍(かんらん)」と呼ばれていて、
漬物にしたり、煮て食べたりしていました。



今では、キャベツと言えば、サラダや、豚カツに添えた千切りキャベツがすぐに思い浮かびますが、
昭和中期までは、葉物野菜を生で食べるということはほとんどされていませんでした。



その理由は、肥料にあります。



昔は、トイレが和式であり、下水道も完備されていなかったので、
どこの家でも汲み取って処理をしていました。



バキュームカーも懐かしいですが、
それ以前は、農家が樽に集めてきて、畑の肥料に使っていたのです。








あっ、大変なことを思い出してしまいましたよ。



終戦後、わたくしが中学生の頃だったでしょうか、
学校のトイレもまた、お百姓さんが汲み取りに来ていたのですが、
その家の息子で悪童で知られていた少年が、親に代わってやってきて、
事件が起きたのです。



なんと女子トイレの汲み取り口に潜んでいて、
女子生徒が入って用を足そうとするや、
柄杓を差し出して、それを受けたというのです。



悪童はほんの悪ふざけのつもりだったのでしょうが、
驚いたでは済まないのが女子生徒で、
学校中に響き渡るような大きな悲鳴を上げて、
大騒動になったのですよ。



今では想像もつかないことですがねえ。








科学の発達のお陰で、
肥料も化学的に作られるようになって、
いわゆる「下肥」による寄生虫も激減し、
野菜が生で美味しく食べられるようになりました。



今ではインターネットを見れば、昔のことでもなんでも調べられるようになりましたが、
長生きして経験してきたわたくしたちの世代は、
「ああそうそう、そういうことがあったよねえ」と懐かしく記憶が蘇ってきます。



まあ、長生きはするものですね。





ではまた、ごきげんよう。。。




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posted by 八十路小町 at 22:59| Comment(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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