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2015年03月29日

「毎日新聞」の前身『東京日日新聞』創刊は、1872年3月29日 。


2015.03.29.

「毎日新聞」の前身『東京日日新聞』創刊は、
1872年3月29日 。




早起きのわたくしにとって、
早朝の寝床での御伽衆はといえば、
それは「ラジオ」です。



特別寒い日などは、
ラジオを布団に引き入れて、
胸に抱いて愛しんでやりながら、
次の御伽衆が来るのをじっと待ちます。



それは新聞です。




昔は、
新聞はその家で一番エラい人が読んでからでないと、
他の家族は読めないといった家の多かったように思います。




今では、
お父さんの地位が明らかに低下するという風潮に加え、
遠くまで通勤するのに、
家でゆっくり新聞など読む暇がないお父さんも増えてきたので、
そんなこともなくなってきたのではないでしょうか。



わたくしの家では、
一番エラいことになっている夫は朝寝坊ですから、
朝一番に新聞を開く権利は、
当然、このわたくしにあるのです。









ところで、
わたくしの家では
もう半世紀以上「毎日新聞」を取っています。



これは夫が「毎日新聞」が好きだからなのです。




それで、
ピヨ子が大学に入ってから新聞を取るならば、
当然「毎日新聞」だろうと、
勝手に決め込んでいたのですが、
ある日、「朝日新聞」を取り始めたと知り、
大変怒ったものでした。




その理由は、
「朝日新聞」よりも「毎日新聞」の方が内容が良い、
同じ新聞を読んでいると、
遠く離れていても話が合いやすいというものです。




ですから、
「苦学生」だという人が勧誘に来たからといって、
ホイホイとその話にほだされて新聞に入るなど、
もう言語道断な世間知らずだと怒ったのです。



手元では「超」が付くほどの「箱入り娘」で育ててきたのですから、
新聞のセールスの「苦学生」とやらに同情するなという方が
わたくしには無理からぬことと思われましたが。




それ以来、
ピヨ子は新聞継続の景品に釣られて、
未だに「朝日新聞」を購読しているのです。














わたくしたち親子で読む新聞が違うということは、
大変便利でよかったと、
今では思っています。



それは、
お互いの新聞の切り抜きを交換すると、
また違った情報が得られるからなのです。



本当は、
一家庭で何種類もの新聞を取ればいいのですが、
この忙しい毎日に、
そんなには新聞を読むのにかける時間はありませんから、
十分に元は取れませんからね。













それにしても、
今は新聞を取る家庭が減ってきたそうですね。



昔も、
新聞の堅苦しい文面を読むのが苦手だから、
4コマ漫画以外は読まないとか、
ニュースはテレビで見るから新聞はいらない、
という人はかなりいました。



しかし、
そのテレビの番組を知るのには新聞を見ないといけない、
日々の買い物を賢くするのには、
新聞そのものはいらないけれど、
それに挟まれている広告が必要という理由で、
しかたなく新聞を取り続ける家があったのです。




ところが、
インターネットの発達した今では、
ニュースはパソコンやスマホで見られるし、
広告さえも、
全国各地の主なスーパーのものが見られるし、
クーポンさえも手に入るのです。



これでは、
新聞はお金を払ってゴミを買っているようなものですね。



しかも、
自治体のゴミ収集が有料になったりしたら、
尚更、新聞は邪魔者というわけです。



それでも、
紙の新聞でじっくりと文字を読むことは、
インターネットでざっと読むことよりも脳に良さそうですから、
わたくしもピヨ子も新聞を止めるつもりは
当面はありません。














さて、
わたくしの愛読している「毎日新聞」の前身の「東京日日新聞」が
東京浅草の日報社から創刊されたのが
1872年3月29日(明治5年2月21日) なのだそうです。



1875年には、新聞の個別配達が始まりました。



1943年1月1日から、
「東京日日新聞」と「大阪毎日新聞」を統合して、
正式に「毎日新聞」が全国紙になりました。



とにかく歴史がある新聞ですね、
1987年には
日本の日刊新聞で初めて紙齢40,000号を達成したということです。











そんな古い媒体ですから、
新聞にはそれにまつわる思い出も沢山あります。



わたくしの弟がよく話す昔話に、
実父が仕事から帰ってくると、
電球の下に立って新聞を読んでいたというものがあります。



寒い時には、
両足をこすり合わせながら、
そして、隅々まで読んでいたというのです。



「お父さんは本当に勉強家だったよ」



新聞に出ている農業書や雑誌などを、
すぐに取り寄せて読み、
そこに載っている新種の作物も種や苗を取り寄せて育て、
その地方では行われていなかった養殖などにも成功させたのです。




本家に養女に行っていたわたくしにとって、
その弟の話は父の勤勉さを伝えてくれるものとして、
大変嬉しくて、
生きる励みになっているのです。






雨が降っても槍が降っても、
毎朝必ず届けられるものとして、
新聞と新聞配達人はわたくしたちの模範ともすべき存在でしたが、
そんな新聞が来ない朝があるなんて、
きっと父はあの世で驚いていることでしょうね。




「新聞休刊日」一覧、
長くなりますからこちらを御覧ください。





ではまた、ごきげんよう。。。










posted by 八十路小町 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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