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2019年07月16日

趣味の会では俵作りが流行っています。「米俵」の俳句。

2019.07.08.

趣味の会では俵作りが流行っています。
「米俵」の俳句。



先日は趣味の会に行ってきました。



このところの趣味の会は、
陶芸を一生懸命にやるというのではなく、
おしゃべりを楽しむ合間に陶芸もやるという、一種の老人会みたいになっています。



それは、チャリティーなど、市の催しに会として出品するのをやめたからです。



会員の高齢化もさることながら、
窯を持っている市の諸事情も関係して、
展示会に出品する準備をするのが、なかなか思うようにいかなくなったのが理由です。




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そういうことで、
今では、各自が自由に作製しているのですが、
それでも、みんなが一致して作りたいテーマがあります。



それは、「干支」の置物です。



来年の干支は「子」ですから、
わたくしも可愛いネズミを沢山作っています。



会員たちもこの頃はネズミ一本槍で製作に励んでいますが、
「米俵に登っているネズミ」が人気で、わたくしを除く全員が挑戦しています。



ネズミ自体は12年前にも作っているので、
それほど大変でもないのですが、
困っているのは、「米俵」です。



各自、頭の中に市販されている置物をお手本としてイメージして取り組んでいるのですが、
それがなかなか上手く出来ないのです。



まあねえ、
単純な物事ほど、難しいというのは世の常ですから。



「ねえ、これ米俵に見える?」



「う〜〜〜ん、見えるけど、どっちかというとコロッケみたいかなあ」



「これは、俵おむすびみたいよねえ?」



「この米俵は太っちょすぎよねえ?」



「そうねえ、なんとなく、ネズミの玉乗りみたい」



「それ、形はいいけど、模様がそんなだったっけ?」



などなど、まあ賑やかです。



わたくしは他人と同じことをするのは大嫌いなので、
俵は作りませんが、
農家に育った経験から横目で見ていて、
頼まれれば口も手も出しして、
自分のネズミがなかなか出来ませんでした。




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では、「米俵」の俳句をどうぞ。



米俵(いろいろ俳句)


俳人1号




話すうち一枚出来ぬ俵編

斉藤俳小星



俵編みつつ来年のことを云ふ

高野素十



夏籠や庫裡に積み置く米俵

石島岳



一俵は仔馬につけぬ今年米

吉田冬葉



花八つ手左千夫生家の米俵

浅井正子



米一俵炭五六俵冬構

淡路女



雪起し米百俵の地でありぬ

坂井建



白鳥をへだて売らるる米俵

佐川広治



秋風や鄙は家々の米俵

尾崎迷堂



俵編む音の二人であるらしく

済川石柳



今ではお米はポリ袋に入れて、
10kg、5kg、2kg、1kgと少量で売られていますが、
昔の米俵は60kgのお米が入っていて、俵自体も重かったし、
大きかったので、取扱うには力も技術も必要でした。



だから、お祭りなどの催しに、俵を持ち上げる力比べも見られますね。



しかし、
昭和前半頃までは、女性でも俵を普通に持ち上げて運ぶ人がざらだったのですよ。



終戦後くらいまでは、男性が戦争に取られていたので、
力仕事は女性がしなければなりませんでしたからね。








わたくしが育った本家の従姉は小柄な人でしたが、
農作業も家事も裁縫もなんでも出来るスーパーウーマンでした。



米俵を持ち上げて運ぶのなんてお手の物。



下肥を入れた桶を天秤棒にぶら下げて畑に運び、
歩きながら、足で桶を傾けては肥をやっていくという、
素晴らしい技の持ち主でした。



この従姉のお聟さんは山の方の人で、
しかも、お姉さんたちに可愛がられて育った末っ子だったので、
最初は農作業も得意ではありませんでした。



でも、妻が畑で肥をやる様子を見てはじっとしていられず、
はりきって天秤棒を担いだのはいいけれど、
さっそく桶と一緒に転んでしまうなど、
失敗ばかり。



何度も里に逃げ帰ったところを、
親類が打ち揃って迎えに行ったというのですが、
今ではもう笑い話となりました。



まあとにかく、
あの頃は粗末なものを食べていて、生活環境も悪かったのに、
みんな本当に力も強く、働き者でした。







そんなことを懐かしんでいたところ、
なんと、米俵を5俵も背負う女性がいた、
それも何人もいたことを知りました。



2014090200390044es_mo.jpg

5俵(=300kg)を担ぐ美女
昭和15年(1940)初版の若木竹丸著『筋肉美体力増強法』掲載写真
http://shintohkan.blog95.fc2.com/blog-entry-810.html


20160805151731_mo.jpg

昭和14年の写真
http://aiiizuka.hatenadiary.com/entry/300kg-kome



テレビでも紹介されたそうですが、
いやはや、驚きです。



そう言えば、
娘のピヨ子が上京した頃は、
早朝の総武線には箱や籠を積み重ねて、風呂敷で包んだ大きな荷物を背負った行商のおばさんやお婆さんが大勢乗っていました。



彼女たちは「担ぎ屋」と呼ばれていて、
千葉の地元で採れた新鮮な野菜や魚介類を都内に運んで来て売るのです。



どの人も小さな体の上に突き出るほど高く荷物を積んで、
どんなに重かろうと思うけれど、
しっかりした足取りで歩いていくので、
驚嘆したものでした。







米俵からちょっと話が逸れてしまいましたが、
お米を採ったあとの茎を捨てないで、干しておいて、
その藁を編んで、お米を入れて運ぶ美しい容器を作るとは、
日本人の知恵は本当に素晴らしいものですね。



そうそう、
俵はお米だけではなく、芋類や干し魚、炭なども入れたし、
運動会でも、「俵運び」や「俵転がし」などで活躍しました。



今でも、その藁細工の技術を守り、
様々な品物を販売しているのは嬉しいことです。



趣味の会の友人たちにも教えてあげましょう。





ではまた、ごきげんよう・・・





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posted by 八十路小町 at 22:59| Comment(1) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
体育史学の立場から力石を研究する者です。力石に関する俳句を集め「力石を詠む」というシリーズを出版しています。作品提供者には出版時に謹呈(無料)しております。
現在「力石を詠む(十)」にかかっています。八十路小町様からも作品提供をいただければ幸いです。詳しくはホームページに記載しています。御協力をお願いします。一度メールをいただけないでしょうか、
Posted by 高島 at 2019年07月21日 15:19
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