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2017年05月17日

東京丸の内のオフィス街で「綱引き大会」が行われているそうです。「綱引」の俳句。

2017.05.16.

東京丸の内のオフィス街で
「綱引き大会」が行われているそうです。
「綱引」の俳句。



東京駅のすぐ近くで「綱引き大会」が行われているそうです。



わたくしたちが上京したとき、
よく降りる駅のひとつが東京駅です。



その皇居側の中央口から出ると、
オフィス街になっていて、
シンプルなビルと街路樹のある通りが素晴らしい雰囲気を醸し出しています。



この周辺、つまり、大手町・丸の内・有楽町のオフィスの人たちで、
綱引き大会が行われているそうです。



tfds43234_mo.JPG


「大手町・丸の内・有楽町 仲通り綱引き大会」



参加者は約70人の会社員で、
スポーツウェアに着替えない普段のスーツ姿などで、
昼休みを利用して行います。



各チーム8人が長さ30メートルの綱を引き、
15〜17日の予選を勝ち抜いたチームは19日の決勝戦でに臨みます。



優勝チームは現役プロレスラーとのエキシビションマッチを行う予定というのですから、
なんとも楽しみですね。




スーツ姿で本気の綱引き、丸の内オフィス街で Teams from Tokyo’s main business district suit up for 4 days of tug of war
https://youtu.be/5V56Gxnuw3A


丸の内仲通り


〒100-0005
東京都千代田区丸の内2丁目2−3



綱引きは立派な競技で、
ただ力が強いだけでは勝てないそうですよ。



色々なテクニックもチームワークも必要とあって、
根強いファンがいることから、
全国各地で、大会や講習会が行われています。



日本綱引連盟
http://amzn.to/2pNjopX



2016 全日本綱引選手権決勝三本目
https://youtu.be/nXRmyG2_n6w


すご技アリ! 綱引き編・愛媛新聞
https://youtu.be/RhgEYXDWCek



では「綱引」の俳句をどうぞ。



網引の綱引きながら月見哉

   正岡子規



春泥にまみれし雄綱引き回す

   佐藤文子



綱引きの身の弓なりに天高し

   松山寿美



綱引の引き取られたる空手かな

   大塚羽山



綱引や双峰の神みそなはす

   石井露月



綱引やかの沖縄の粗き酒

   赤尾兜子



綱引の綱の尻尾が退場する

   辻田克巳



綱引の声が運動会の声

   辻本斐山



運動会では付き物の綱引きですが、
誰でも参加できて、
人数も制限なし、
時間がかからないけれど、
やってみると、本当に楽しいですね。



丸の内の会社員の人たちも、
専用の靴を履いたり、
膝当てをしたり、
チームでユニフォームを作ったりなど、
色々と楽しみなことですね。



昔のような終身雇用が減った時代は、
こういう行事があれば、
会社で気持ちがひとつになって、
売上も上がることでしょうね。



明日はいよいよ決勝戦です。



どんな会社のどんな人達が優勝するのか、
ニュースを見るのが楽しみです。




ではまた、ごきげんよう。。。








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2016年08月11日

新しい祝日「山の日」誕生。筑波山では「がまレース」が開催されます。

2016.08.11.

新しい祝日「山の日」誕生。
筑波山では「がまレース」が開催されます。



今日は新しい祝日「山の日」ですね。



2014年(平成26年)に制定されて、
今日2016年(平成28年)からの施行です。



これまでも各県で独自に記念日を設けていましたが、
今年からは全国的な祝日になったわけです。



色々な楽しい催しが行われるそうですが、
特にわたくしが注目しているのは茨城県の「筑波山がまレース(TGR)」です。




wqdsfdsdfs_mo.JPG




2013年9月28日(土)に開催された第65回筑波山ガマまつりで
「筑波山がまレース(TGR)」が始まりました。



筑波山神社門前通りを疾走 ガマレースに280人参加
https://youtu.be/E9DFB0ouvNg




「筑波山がまレース(TGR)」は、
約600名の子供から大人、カップル、夫婦、シニアなど幅広い世代の老若男女がカエルの被り物を被って、
筑波山の門前通り(約350m)を一気に駆けあがるレースです。



全部門参加特典にもご注目ですよ。



●筑波山神社ご拝殿前にてお祓い

●カエルマスク(着用してレースに参加)

●オリジナル軍手(着用してレースに参加)


sexyug_mo.JPG



わたくしの妹の亡くなったご主人は山が大好きで、
百名山も登り切りましたから、
今もまだ存命ならば、
山はもうやめていたにしても、
今日はじっとしてはいられないことでしょうねえ。







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筑波山はわたくしが入院中に毎日窓から眺めていた山です。



山好きを自負しながら、
日本百名山で「西の富士、東の筑波」と称賛されるどちらの山にも登ったことがないのです。



富士山にもいつかきっとと思っていましたが、
外国人の登山者も増えてゴミだらけになっているというし、
認めたくはないけれど、
体力的にももう自信がないし、
富士山は諦めました。



では、
せめて筑波山には登っておかなければなりません。



ケーブルカーやロープウェイもあるし、
コースもいくつかあるので、
しっかり研究しておいてと、
娘のピヨ子に注文しておきました。


sxzc54dfer_mo.JPG




暑い日が続きますが、
朝のノルディックウォーキングも気合を入れて、
しっかり体力をつけておきたいと思います。



ではまた、ごきげんよう。。。









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2015年10月29日

東京の京橋で「いすー1(ワン)GP(グランプリ)」が行われたそうです。ちょっと出て見たかったかも??

2015.10.29.

東京の京橋で
「いすー1(ワン)GP(グランプリ)」が行われたそうです。
ちょっと出て見たかったかも??








東京と言えば、
わたくしは、やはり「東京駅」がすぐに目に浮かびます。



その東京駅の八重洲口を出てあるくと、
美味しい店や楽しい店が沢山あるので、
わたくしにとっては大好きな散歩コースです。










丸善日本橋店と日本橋高島屋のある中央通りを銀座方面に歩くと、
そこは大きなビルが立ち並ぶ京橋です。



まず最初に入りたいのは、
創業132年果物の老舗「京橋千疋屋」。



高級フルーツと、
それをふんだんに食べられる「フルーツバイキング」が人気ですね。












そして、
もう少し先には
創業130年の「明治屋」が新しいビルに生まれ変わりました。



この明治屋ショップには、
明治屋の商品ばかりではなく、
内外の珍しい食材も沢山あって、
大変楽しいお店なのです。








こんな京橋で、
なんとも奇妙で楽しい催しがあったそうです。



その名は「いすー1(ワン)GP(グランプリ)」。



あの事務用の椅子に乗って、
京橋の道路を走り回るというレースです。



乗り物は好みの事務用椅子。


193125_mo.jpg
画像:イラストAC

勿論、小さな車がついていて移動可能なものです。



予備も1台用意できます。



3人が一組になって、交代しながら、
約約160mのコースを2時間かけて、
何周できるかを競います。














この競技はもとは、
京都府京田辺市のキララ商店街の町興しとして始まったものですが、
それが全国にも広がっていったのです。



東京での開催は今月25日が初めてということで、
大勢の人が応援にも駆けつけたそうです。







その模様を御覧ください。


https://youtu.be/1i2OuB21YB0



参加チームの中で優勝したのは、
オフィス家具「コクヨ」チームで、
なんと128周もしたそうです。



賞品は90キロのお米だそうです。



国内一の椅子メーカーの意地にかけてもと頑張ったオフィス家具「コクヨ」チームでしたが、
総合的な事務用品の会社だけあって、
ノート部門など、他のにもチームが大活躍しているとのことです。














この事務椅子のレースは、
キララ商店街が世界初の開催ですから、
「世界大会」もキララ商店街で、毎年開催されているそうです。





キララ商店街
http://www.kiraramall.jp/

大変そうですが、
でも、ちょっとだけ参加してみたいような気にもなりますね。



公式サイト
http://isu1gp.com/index.html









さて、椅子といえば、
実は娘のピヨ子が子どもの頃に大変な目にあったのですよ。



そのお話はまた次に書きたいと思います。






ではまた、ごきげんよう。。。



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2015年10月23日

日比谷公園で「ガーデニングショー」が開かれているそうです。今年の「菊花展」は?

2015.10.23.


日比谷公園で「ガーデニングショー」が開かれているそうです。
今年の「菊花展」は?




わたくしたちが上京すると、
よく行く場所は皇居周辺です。



JR東京駅から丸の内を通っていくのですが、
その途中で「日比谷公園」にも寄ります。



大噴水のある庭園、
日比谷公会堂や野外音楽堂、
洒落たレストランの松本楼など、
大都会の真中にありながら、とても心が落ち着く場所です。



20a0615a044a021a172a8f0977f182cc_l_mo.jpg
画像:写真AC






ここは、
江戸時代には錚々たる大藩の上屋敷が会った場所で、
明治維新後には更地にされて、
「日比谷ヶ原」と呼ばれていました。



そこを公園として作り替え、
明治36年6月1日に仮開園されたのが「日比谷公園」です。



日露戦争、関東大震災、太平洋戦争と、
もう110年以上もの歴史を経た公園ですね。















日比谷公園では様々なイベントが行われていますが、
今、話題になっているのは「ガーデニングショー」だそうです。



ガーデン部門は『和・技・美 〜まちなみをつくる庭〜』のテーマで、
ライフスタイルガーデン部門は『美・食・住 〜暮らしを楽しむガーデニング〜』のテーマで、
そして、
コンテナガーデン部門、ハンギングバスケット部門
でも多くの作品が展示され、
その美しさを競っているそうです。



展示期間は
2015年10月17日(土)〜10月25日(日)10時〜16時、
最終日(25日)は15時で終了です。



詳しくはこちら。
http://www.hibiya-gardeningshow.com/summary/index.html










そして、
これからの季節に忘れてはならないのが「菊花展」ですね。



菊の花は日本人に大変愛されてきましたから、
全国で菊花展が催されます。



東京でも、
色々な公園や寺社で、菊や菊人形を見ることができます。



そんな中でも、
特に有名なのが、日比谷公園の菊花展です。



大正3年から行われているとのことで、
わたくしたちも何度も脚を運んで見学しました。



質・量ともに我が国屈指と言われるだけあって、
規模も大きくて、本当に見事でした。



今年も、
大菊盆養(厚物・管物)、大菊切花、盆栽、
江戸菊、懸崖、だるま(厚物・管物)、福助(厚物・管物)、実用花など約2,000点の力作に加えて、
大杉作りやクッションマム等「菊飾り」も出展されるそうですよ。



開催日時は
2015年11月1日(日)〜23日(月・祝)
10:00〜16:00 (最終日のみ12:00まで)



問い合わせ先は
東京都産業労働局観光部振興課
電話番号/03-5320-4768










5926e2788dbca508c0a3fb979aacae07_l_mo.jpg
画像:写真AC


噴水とまりあらがねの鶴歩み出す

   宮入聖



日比谷公園の鶴の噴水といえば、
いつも思い出すことがあります。



それは、
わたくしの義理の姉のことです。



長男だった兄のところにお嫁に来た人で、
まあ、あの時代ですからね、
一通りの苦労をしたのですが、
一番辛かったのは、
末っ子の長女が病気を持って生まれてきたことだったそうです。



その子の病気をなんとか治してやりたくて、
家の者はみんな手を尽くしましたが、
特に義姉は必死で、
噂を聞いてはどんな遠い病院にも連れて行ったのです。












当時、
特に評判だったのが東京駅の近くの病院でしたから、
義姉は幼かった姪を連れて、
何度も何度もはるばる上京しました。



それが夜行列車で来るものですから、
到着は早朝で、
病院が開くまでの間を、
日比谷公園のベンチに座って時間つぶしをしていたそうです。


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画像:足成


「鶴の噴水を見ながら、
私は涙が出て仕方ないんだけどね、
あの子には見られないように、
いつも上を向いていたのよ」



あの頃は、
喫茶店もコンビニもありませんでしたから、
公園しか行くところがなかったのです。



夏の朝なら、まだよかったでしょうが、
冬の朝はどんなに辛かったことでしょう。



「鶴の噴水も凍っていたこともあってねえ・・・」












今、姪は元気で幸せな結婚生活を送っていて、
義姉は孫の成長を楽しんでいます。



兄はもうこの世には居りませんが、
義姉はまだまだ元気であれこれと働いていますよ。



実家の主ですから、
どうか達者で長生きして欲しいものです。





ではまた、ごきげんよう。。。




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posted by 八十路小町 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

秋祭りのシーズンですね。子どもの太鼓台が出来て約40年。

2015.10.16.

秋祭りのシーズンですね。
子どもの太鼓台が出来て約40年。




過ごしやすく気持ちの良い季節になりました。



まさに「秋祭り」にぴったりの気候ですね。



わたくしの住む地域では、
江戸時代から伝わるお祭りが人々の一大イベントになっています。



元は、
古い古い神社だけのお祭りだったのですが、
隣り合う地域の神社のお祭りが次々と始まって、
それが西から東へと、
まるでリレーのように絶え間なく1週間も続くという、
大規模なお祭りになりました。



わたくしの育った地域はそのお祭りのトップに行われるのですが、
昔は神様のお神輿しかなかったのです。



それでも、
格式のある堂々としたお祭りではありました。



でも、
その後に続く東の地域のお祭りに比べれば、
寂しいものだったとは言わざるをえません。














そんなお祭りを盛り上げようと、
約40年前のことですが、
子ども用の太鼓台を作ったのです。



発案者は、
わたくしの実母のたまでした。



昔から、人が喜ぶことが大好きな社交的な人で、
思いついたらなんでもすぐするという、
実に実行力のある人でした。















近所の子どもたちを集めて、
早速作業にかかりました。



木の切れ端を集めてきて、
木組みを作り、
木の壁板の代わりに馬糞紙を張りつけます。



本物の太鼓台にはそこに豪華絢爛な彫刻が施されているのですが、
その代わりに絵の具で、
お祭りの謂れや歴史などの物語を描きました。



また、
太鼓台に欠かせない枕は、
黒い布で袋を縫って、
中にはうんと綿を詰めました。



こんなことを、
実母と子どもたちがやっていますと、
いつの間にか母親たちや兄姉たちがやってきて、
手伝ってくれました。



おかげで、
木の屑と紙で出来たものとは思えないほどの
大変立派な太鼓台が出来上がりました。









182957.jpg
画像:イラストAC






子どもたちは大喜びで、
その太鼓台を自分たちで運行して、
お祭りを楽しんだのです。



それを見た大人たちは大変感激して、
発奮しました。


116d40d98719791e5908e5012c11fac8_l_mo.jpg
画像:写真AC

そして、
次の年には大金を出して、
本物の太鼓台を造ったのです。



すると、
他の部落も次々と真似をして、
今では、
各部落毎に大小の太鼓台が勢揃いし、
以前のお祭りとは桁違いに賑やかなものになりました。














ただ、
少し残念なことは、
それらの合計10台を超える太鼓台が境内に入りきらないということで、
大きな桜の木と椋の木を切り倒してしまったことです。



桜の木は小さな実が成るので、
子どもたちが登っては採って食べていたのですが、
そのことで、わたくしが学校で「お立てり」をさせられたのです。



また、
椋の木からは沢山の実が落ちてきますから、
これもわたくしたち、子どものおやつになったものでした。



そうそう、
この椋の木は大変に古くて大きかったので、
わたくしの家で飼っていた子猫が犬に追いかけられて、
上に登って逃げたものの、
降りられなくて落ちて死んだという悲しい思い出の木でもありました。















新聞やインターネットでお祭りのニュースを見ると、
ついつい昔を懐かしんでしまいます。



実母は武家の生まれで、
大変に気位の高い人でしたから、
わたくしたち子どもにもとても厳しく躾をしてくれました。



そればかりか、
近所の子どもたちにも結構煩いオバサンだったのです。



悪戯なんかしようものなら、
間髪入れずに叱り飛ばします。



ですから、
悪童たちは実母を見かけると
すぐに逃げたものです。



でも、
今とは違って、
理不尽な「モンスターペアレント」はいませんでしたから、
父兄たちには感謝されていたのですよ。



それは、
実母のさっぱりした性格によるもので、
叱るにしても、
長々とネチネチお説教をしたりしなかったからでしょう。










子どもの頃には、
いや、成人してからも、
なかなかに煙たい母でしたが、
その母の亡くなった年齢になった今、
わたくしにはその母の血を受け継いだことが
限りなく嬉しく思えるようになりました。



脳溢血で呆気無く逝ってしまった母ですから、
きっとやり残したことが多くて、
あの世では、悔しい思いをしていることでしょう。



その分、
このわたくしが欲張って生きますからね。





ではまた、ごきげんよう。。。





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2015年08月03日

8月1日は「花火の日」でした。「裸の大将」山下清も見た花火大会。

2015.08.03.

8月1日は「花火の日」でした。
「裸の大将」山下清も見た花火大会。




夏といえば花火大会ですね。



その「花火の日」が8月1日でした。



この日がなぜ「花火の日」に制定されたかは、
いくつかの理由があるのですが、
わたくしが一番印象に残っているのは、
第二次世界大戦後、
花火が解禁されたのが1948年のこの日だったということです。














江戸っ子の大好きな花火大会はといえば、
両国の「隅田川花火大会」でしょうね。



1733年(享保18年)5月28日、
水神祭を行った際に、
両国川開き大花火がその始まりで、
一晩に上げた花火の数は仕掛、打上げなど、
たったの20発程度だったそうです。



それから延々と続いた花火大会ですが、
昭和時代になると、
日本は戦争に突入し、
昭和12年7月17日の川開きが戦前最後の花火大会になりました。



当然、花火職人も兵役に行き、
そこでは武器としても火薬作りにその技術が活かされました。



昭和20年、戦争が終わって、
花火師たちも徐々に帰ってはきたものの、
東京は大空襲に遭って、食糧難もひどく、
花火どころではありませんでした。











長い空白のあと、
昭和22年5月3日、
「新憲法発布記念」の祝賀花火として、
皇居前広場で打ち上げられました。


そして、
昭和23年8月1日に隅田川の両国橋上流で
読売新聞社後援で両国花火組合主催の川開き「両国花火大会」が催されました。



これは、戦後初めての隅田川花火大会です。



その約1ヶ月後の9月18日には、
東京都観光協会、東京都、読売新聞などが後援で、
花火大会が催されたのですが、
この時は援助金がどこからも出なかったので、
日本橋側の川岸に桟敷を設けて、
その入場料で費用を賄ったそうです。



その夜は、
当時の皇太子殿下(平成天皇)がマッカーサー元帥の子息とご覧になったということで、
桟敷も満員御礼だったそうですよ。











さて、
近年では日本に観光に来る外国人が増えていますが、
特に多いのが中国人ですね。



中国では、
日本の花火が世界一素晴らしいと報道されていて、
特に見るべき花火として、
隅田川(7月25日)、江戸川(8月1日)、東京湾大華火祭(8月8日)
の三つが挙げられているそうです。



この「江戸川花火大会」ですが、
わたくしは随分前ですが、見に行きましたよ。



大変な人出で、
朝早くから場所取りする人の行列と、
夜遅くまで、変える人の行列とで、
道路も駅も大変な混雑でした。



花火も大規模で素晴らしかったですが、
あれからもっと大掛かりになったそうですね。













その江戸川の花火大会を国府台の川辺で見て、
貼り絵にしたのが、
15歳だった山下清です。



それは山下清が市川市の八幡学園にいた頃で、
毎年、園長夫人に連れられて、
花火を見ていたそうですよ。



その後すぐに戦争になって、
花火大会もなくなります。



しかし、
山下清は江戸川花火大会が大変気に入ったようで、
戦時中の日記に、街が爆撃に遭った様子を
「花火のようにきれい」などと書き綴ったそうです。












戦争が終わって、
全国で花火大会が復活すると、
熊谷、高崎、両国、富田林、長岡などの花火を見に旅に出るのです。



そして、
あの有名な傑作「長岡の花火」を産みました。



1971年7月10日、
自宅で家族と一緒に夕食を食べながら、

「今年の花火見物はどこへ行こうかな」

とつぶやいて、
脳出血に倒れ、
その2日後に、49歳の生涯を閉じたそうです。









旧暦のお盆になると、
わたくしたちの地元の川でも花火大会があります。



この花火大会はそれほど派手なものではありませんが、
昔の戦いで亡くなった敵味方の魂を慰めるために始めたもので、
大変古い歴史があるそうです。



毎年のように、
仲良し三人組や他の友人と行ったのも楽しい思い出です。



花火を待ちながら、ハーモニカを吹く者あり、
それに合わせて歌う者あり。



どの顔も子供に帰ったような輝きでした。



さあ、今年はどうなることでしょうか?



お誘いの電話を、
体調を整えながら楽しみに待ちたいと思います。







ではまた、ごきげんよう。。。。




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2015年06月20日

仲良し3人組の冒険「競艇編」その4

2015.06.20.

仲良し3人組の冒険「競艇編」その4


優子さん、洋子さんとわたくしの仲良し3人組は面白いことがあるなら、
どこにでも出かけてしまう唯一無二の仲間です。


今回は「競馬」の代わりに、
「競艇」に行ってみようということになりました


誰もまだ行ったことない「競艇場」を、
人に道を聞き聞きして、
やっとたどり着いた
その喜びは、
一瞬のうちに砕かれてしまいました。

駐車場で警備員のおじさんの3人組に
捕まってしまった
のです。


厳しい尋問の嵐を突破して、
屈強なおじさん3人組の手からやっと逃れたわたくしたち仲良し3人組。


嬉々として先頭を切って歩く優子さんに、
洋子さんとわたくしは恐る恐るついて行きました。











建物に入ると、
広いフロアには人がいっぱいです。


競馬場と同じような券を買う場所があり、
大きなスクリーンにはレースの様子が映し出されていました。


洋子さんは堂々とした足取りで入って行き、
その広いフロアの真ん中に立ちました。


そして、
大きなスクリーンの真正面に陣取って、
ボートが水しぶきをあげて急ターンするのに見入っています。










わたくしと洋子さんはその大きな部屋に入るのがなんだか怖くて、
戸口に立ち止まっていました。


すると、
突然、優子さんが振り向いて、
大きく手招きをするではありませんか。


「あんたたち、何してるのよ?

そんなとこにいたんじゃあ、全然見えないじゃないの。

早くこっちにおいでよ」


優子さんの大きな声に何人かの人もこっちを見ています。


わたくしと洋子さんは恥ずかしくなって、
柱の陰に隠れました。








部屋から出たり入ったりしながら、
こっそり見ていると、
まあ、人がどんどんどんどん増えてきます。


おやまあ、
あれは全部、あの喫茶店にいた人たちですよ。


きっと、あの喫茶店でしっかり腹拵えをしてから、
ここで勝負をし、
帰りも反省会を兼ねて、
コーヒーを飲んで行くのでしょう。


わたくしと洋子さんはたちまち合点がいって、
密かに顔を見合わせました。









生まれて初めて観た競馬も詳しいことはわかりませんでしたが、
目の前を美しいサラブレッドが鬣を輝かせながら疾走する素晴らしさは
素人目にも圧倒されるものでした。


ところが、
今回のボートレースは現場の会場で観れば、
またスリル満点なのでしょうが、
平たいスクリーンで観るのですから、
わたくしたちのような素人にはどうも面白くは思えません。


それに、
ここに入るときの警備員のおじさんの怖い顔が思い出されて、
じっとそこに立ってはいられないような気持ちが募ってきました。


そこで、
洋子さんが優子さんのところに行って、
声をかけました。


「もう帰ろうよ」


「ええーっ、せっかく来たのに。

もう少し見ようよ」











重要なレースをお目当てに、
ホールにも人がどんどん増えてきました。


今度はわたくしが優子さんのところに行きました。


「ねえ、もう帰ろう」


優子さんは返事もせずに、
腕組みをして仁王立ちしたまま、
スクリーンを睨んでいます。


そこで、わたくしは優子さんのシャツの裾を引っ張って、
もう一度声をかけました。


すると、優子さんはこっちを振り返りもせずに
駄々っ子のように引っ張り返して、
たった一言返事しました。


「これ観てから!」










そんなことを繰り返していましたが、
突然、優子さんがこちらにやってきました。


そして、
やけにすっきりした顔で、爽やかな声で言いました。


「さあ、帰ろう」


わたくしと洋子さんはほっとして、
もう大喜びで後ろを歩いていきました。









出口にはさっきのおじさんたちが揃って待っていて、
ニコニコしながら駆け寄ってきました。


「ああ、よかった。

ヒヤヒヤしながら奥さんたちが出てくるのを待ってたんだよ。

券を買ったりなんかはしなかっただろうね?

どうだい、よくわかったろ?

ここに来たら、必ず家庭が壊れるんだ。

だから、もう2度と来たらいけないよ。

もしもまた来るようなことがあったら、
今度は絶対に追い返すからね。

わかったね?」


まるで担任の先生が小学生に言って聞かせるように、
警備員のおじさんたちは代わる代わる、
懇々とわたくしたちに諭してくれました。


わたくしたちも三人が横一列に並んで、
おじさんの言うことを一生懸命に聞きました。


「はい」「はい」「はい」










駐車場から車を出して、
あの建物を振り返ると、
あのおじさん3人組が手を振ってくれました。


わたくしたち、おばさん3人組も
頭を下げながら手を振りました。


おじさんたちの姿が見えなくなってから、
優子さんはハンドルを切りながら言いました。


「もう競艇はいいよね」


「うん、競艇はもう十分」


「競艇は2度と来ないよ」







さて、次はどこへ行こうかしら。


仲良し3人組もあのときから比べたら年を取ったので、
なかなか「即行動」とはいかなくなってしまいました。


でも、
また好奇心3人分を発揮して、
おもしろ探検をしたいと思います。





ではまた、ごきげんよう。。。



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2015年06月17日

仲良し3人組の冒険「競艇編」その3

2015.06.17.

仲良し3人組の冒険「競艇編」その3



面白いことを求めて冒険するわたくしたち仲良し3人組は、
「競馬」の代わりにと、「競艇」を見に行くことにしました




賭け事には縁がないわたくしたちですから、
「競艇場」も行ったことがないのです。


でも、
優子さんの自信有りげな言葉で、
車に乗って、一路海の方へと向かいました。


途中で入った喫茶店で、
確かな道を教えてもらい、
またどんどん走ること数十分。


海どころか湖も池も川さえもない、
まあなんというか山の中のような場所に来てしまい、
諦めて帰ろうかと思ったそのとき、
前方に「ボートレース」と書かれた大きな建物が現れたのです。








それにしてもまあ、
なんと広い駐車場でしょうか。


すでに車が何十台も並んでいます。


優子さんは慣れたハンドルさばきで駐車場に入り、
車を止めました。


そして、
車から降りた途端、
警備員のおじさんが3人も走ってきて、
大きな声で怒鳴りました。


「ちょっと待てえ!!」

「止まれ止まれ!!」


おじさんは大きく横に腕を広げて、
わたくしたちを通せんぼするのです。



わたくしたちはびっくりして、
そこに立ち止まりました。


すると、おじさんは怖い顔をして言いました。


「ここは奥さんたちのような人が来る所じゃない。帰れ」


「ええっ?」


「ここなにする所か知ってるのか?」


「競艇でしょ?」


「そうだ。
それで素人の奥さんたちがこんな所になにしに来たのか?」


「ちょっと見に来ただけ」


「嘘ついたらいけないよ」


「嘘じゃないよ」


「本当に見に来ただけか?」


「そう」


「券を買うつもりで来たのじゃないのか?」


「券なんて買わないよ。どんなことしてるか見に来ただけよ」


「本当か?」


「本当に」


「でも駄目だ。帰れ帰れ」


「ええ〜っ、せっかく来たのに」


「駄目駄目、今すぐ帰れ」


「そんなこと言わないで、ちょっと見るだけだから」


「見るだけだよ」


「はい」


「本当に見るだけだよ」


「はい」


「絶対に券を買ったりしたら駄目だよ」


「はいはい」


「ひと目見たらすぐ出て来るんだよ」


「はいはい」


「約束してくれる?」


「はい」


「じゃあ、
今日は特別に通してあげるけど、
本当にすぐ帰ってくるんだよ」


「はい」





おじさんたちはやっと広げた腕を下ろしてくれたので、
わたくしたちは建物に向かって歩いて行きました。



続く




ではまた、ごきげんよう。。。






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2015年06月14日

仲良し3人組の冒険「競艇編」その2

2015.06.14.

仲良し3人組の冒険「競艇編」その2


面白いことが大好きな仲良し3人組のメンバーは
優子さん、洋子さんとわたくしです。


なにか面白いタネがないかという相談で、
わたくしは京都競馬場で菊花賞を観た話をしました。


すると、
優子さんも洋子さんも興味津々で、
ぜひ自分たちも観たいというのですが、
近くには競馬場がないため、
優子さんの提案で、急遽競艇に行ってみることに決まりました








優子さんの車で出発して、
とりあえず国道に出はしたものの、
どうやら優子さんは行き先がよくわかっていなかったようなのです。


やたらキョロキョロしながらハンドルを握っています。


「ねえ、優子さん、どこにあるか知ってるの?」


「うん、大体の場所はね。

まあね、
競艇だから、とにかく海の方へ行けばいいのよ」


優子さんは澄ました顔で答えます。









通ったことがあるようなないような道をどんどん走っていくと、
おや、こんな辺鄙な場所にと思うような畑の真ん中に、
広い駐車場のついた綺麗な喫茶店がありました。


お昼を軽く済ませるには好都合と、
わたくしたちは嬉々として入って行きました。


ドアを入ると、
なんだか一風変わった雰囲気のお店です。


「どこが?」と言われても困るのですが、
ほぼ満席のお客さんたちがなんとなく身近にいないようなタイプの人ばかりなのです。


わたくしたち3人組はまさしく「浮いた存在」で、
周囲の人もジロジロ見るのです。


広くて綺麗な店内で、
コーヒーもサンドイッチもこんな田舎にしては美味しかったのですが、
わたくしたちはそそくさと食べて、
外に出ていかずにはいられませんでした。


お勘定をして、お店の人に道を聞くと、
わざわざ店を出て、
「ここを真直ぐ行って、それから・・・」と、
指をさして丁寧に教えてくれました。


「ありがとうございました」


てんでに頭を下げて、
わたくしたちは車に乗り込みました。










喫茶店の人の教えてくれた通りの道を行けば、
きっと海に出られるのでしょう。


そう思って、
わたくしたちはそれぞれが目を見開いて見るのですが、
一向に海が見えてきません。


それどころか、
どんどん山に入っていくような感じさえしてきます。


「ねえねえ、海とは反対の方角みたいよねえ」


「そうねえ、でもお店の人の言った通りの道だから、
これで間違いないよねえ」


「そうよ、きっとねえ、海じゃなくてね、
湖かなにかよ」


ところが、
行けども行けども、
湖どころか、池も川もありません。


わたくしはこのあたりの山は昔縦走したことがあったので、
そのことは確かだと、記憶にも自信があったのです。


「おかしいねえ」


「いくらなんでも、こんな山の中じゃあボートは走れないわよ」


「今日のところは諦めて、引き返す?」


「そうよ、もう帰りましょうよ」


「誰かちゃんと知ってる人に聞いてから、もう一回来ましょうよ」



わたくしも洋子さんも心配になって、
そう優子さんに声をかけるのですが、
優子さんは真直ぐ前を向いて、
返事もせずに車をガンガン飛ばすだけです。











と、そのときです。


優子さんが叫びました。


「あ、あ、あれよ!」


前を見ると大きな建物があって、
「ボート」という文字が見えてきました。


「ああ、やっと着いたわ」




続く



ではまた、ごきげんよう。。。










posted by 八十路小町 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月13日

仲良し3人組の冒険「競艇編」その1

2015.06.13.

仲良し3人組の冒険「競艇編」その1


あれは梅雨もそろそろ開けようかという頃のことでした。


優子さんと洋子さんとわたくしの仲良し3人組が
いつもの場所に集合しました。


わたくしたちは節分会に行ったり花祭に行ったり、音楽会に行ったり、
とにかく面白そうな場所や催しを探しては、
ときには徒歩で、ときには自転車で、
またときには優子さんの車に乗ってと、
一緒に出かけては楽しく過ごすのが習わしでありました。


わたくしたちの性格は三人三様なので、
姦しい上に、思いもかけないことが勃発して、
後から思い出してみれば、
それは、まるで「弥次喜多道中」のような面白さなのです。






さて、そのときはとにかく三人が集まってはきたものの、
まだ出かける先が決まっていませんでした。


そこで、
噴水を見ながら、まず世間話から始めました。


突然、優子さんがわたくしに聞きました。


「ねえ、小町ちゃん、なにか面白いこと知らない?」









「そうねえ・・・。

あ、そうそう、優子さんも洋子さんも競馬って行ったことある?」


二人共、突然のことに目を剥いて頭を振りました。


「そんなものないわよ」


「まさか、小町ちゃん・・・」


その前の年にわたくしは妹のすえ子と一緒に京都競馬場で菊花賞を観た話をしました。









「わたくし、競馬のことなどなんにも知らなかったけどね、
勝ったのが武豊だったのよ。


唯一知っていた騎手がね武豊だったからねえ、
とっても嬉しかったわよ。

まあ、あの歓声の凄さ、
競馬場の中がまさしく興奮の渦。

ハズレ券がぱあっと舞うのよ。

テレビや映画で観たそのまんまよ。

わたくしも妹もつられて叫んじゃったわ」


「へええ」


優子さんも洋子さんも身を乗り出しています。


わたくしも聞き手に恵まれて嬉しくなって、
どんどん思い出して、どんどん話しました。









今でも目を閉じると真っ先に思い浮かぶのは、
馬にまたがる騎手の姿です。


揃いの白いズボンの上に着込んだ色鮮やかな勝負服が風をはらんで、
その光沢がわたくしの目を射ました。


わたくしは洋裁をしていたので、
特に布の美しさには目が無いのです。


昔は正絹で作られていたという勝負服ですが、
今では合成繊維とのこと。


それでも、大胆な色と柄が緑の芝生と青空に映えて、
あの輝きは忘れられないものでした。










また、
そんな鮮やかな出で立ちの騎手を背に走る馬のたてがみと尻尾の美しさと言ったら。


大きな馬が何頭も大地を轟かせながら、
すぐ目の前を猛スピードで走り抜けるのです。


蹄が削った馬場の土が次々と舞い上がります。








わたくしは語っても語っても語り尽くせない思いで、
身振り手振りで説明しました。


優子さんも洋子さんも目を輝かせて
口々に「見たいねえ」と言います。


ところが、
肝心の競馬場が近くにはないのです。


「残念ねえ」










すると、情報通の優子さんがこう言いました。

「ねえねえ、じゃあ、競艇はどうかしら?」


「あら、いいんじゃないの。

確か、テレビで横山やすしが競艇の場面で出てたけど、
着ていた服が似ていたわよ」


「あ、私も観たよ。

スピードの勝負事だから、馬でもボートでも同じよねえ」


「じゃあ、競艇に行こう」


「ええっ、今から?」


「もちろんよ、思い立ったらすぐ行動じゃないの、ねえ」


「ところで、誰か競艇場なんて行ったことあるの?」


「あるわけないじゃない」


「ないけど、私聞いたことあるよ。

確かあのあたりよ」


優子さんがなにか思い出す風の顔で言いました。


「じゃあ、優子さん、車お願いよ」


「よしきた、任せといて」


威勢のいい優子さんに引き連れられて、
優子さんの家に向かい、
そこから車で出発したのでした。


続く



ではまた、ごきげんよう。。。









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